褻の日記

耽美っぽい文章を書きます

卵とエロティシズム

卵は非常に美しい形をしていると思う。卵が描く曲線はたおやかで、優雅だ。表面は決してすべすべしている訳ではないが、指をその上にすべらせると、なんの抵抗もなく端から端までなぞることができる。手で軽く握ってみると、その曲線をさらに味わうことができる。そして、これ以上握ったら壊れてしまうかもしれない、という緊張感が手のひらを押し返してくる。筆者は、壊れやすい曲線美を持つ卵にエロティシズムを感じずにはいられない。

 バタイユの小説に、『眼球譚』という作品がある。この中で卵は非常に興味深いモチーフとして扱われている。この小説はエログロナンセンスの極地とも言われるもので、ここで内容に深く踏み込むことはしない。ただ、この作品の中で重要なのが「卵-睾丸-目玉」という一連の流れであることは確かであり、やはりエロティシズムの発露として卵はみなされている。この作品を一度でも読んだならば、誰しもがこの3つの繋がりに強い衝撃を受けるに違いない。

 さらに、もう1つ挙げたい作品がある。それは、ダリの「アンダルシアの犬」というショートフィルムだ。現在、ダリの展覧会が国立新美術館で開催されていることをご存知の方も多いだろう。その展覧会でもこのショートフィルムは上映されている。筆者自身、今回のダリ展で初めて「アンダルシアの犬」を見た。その中で最もショッキングなシーンとも言えるのが、女性の目玉がカミソリで切り裂かれるシーンだ。目玉と言っても黒目部分は映っておらす、ただ、真っ白ですこしいびつな形をした球体が真横に切り裂かれる様子がスクリーン上に大写しになる。そしてその切り裂かれた白目部分からは透明な粘膜がずるり、としたたり落ちるのだ。このショートフィルムでは、直前に真っ白な満月が画面に映し出されており、ダリはその満月と目玉を重ねて想起させようと考えているように思われる。だが、筆者がこのシーンを見たときに意識に上ったのは他でもない、卵であった。真っ白な目玉の中から透明の粘膜が落ちる様子は、卵から卵白がしたたり落ちる様子に似てはいないだろうか。もちろん、このシーンを見てエロティシズムを感じる人間はほとんどいないだろう。しかし、筆者はこのシーンを見たときに、「目玉-卵」という強烈な繋がりが頭の中で意識され、それが前述のバタイユの作品へと一気に繋がり、背筋がぞくぞくするような興奮を覚えたのだ。

 卵とエロティシズム。以上の文を読んで共感した人は決して多くないと思う。それでも筆者は主張をしたい。卵は明確にエロスに繋がっているのではないか?