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褻の日記

耽美っぽい文章を書きます

醜くて美しく、美しく醜いもの

私は、パリよりもクラクフの方好きで、レオナルド・ダヴィンチの絵よりもすぐに消されてしまう街角の落書きの方が好きである。ヨーロッパで豪華なお城を見るよりは小さな村のひなびた教会を見たいし、ダイヤの指輪よりもラムネの瓶の中に入っているビー玉の方が美しいと思う。健全な人間よりと一緒にいるよりは、ちゃんとしているようでどこか欠けた部分のある人と一緒にいたい。

 つまり、私は今にも滅んでしまいそうな、もしくは滅びを感じさせるようなものが好きなのである。坂口安吾の『もう軍備はいらない』というエッセイに「何が美しいと云ったってサクレツする原子バクダンぐらい素敵な美はないだろう」という一文がある。原子爆弾といった非人道的兵器を許すつもりは筆者にはさらさらないが、それでも私はこの一文に完全に同意せずにはいられないのである。

 私は整形で美しくなった若い人を見るのが大好きである。なぜなら、彼らは作られた美を全身で表しながらもいつこの顔が時間によって崩れるか、恐怖を抱えているからである。彼らが、異性(もしくは同性)に貢いでもらって豪華な生活をしていればいるほど筆者は背筋を振るわせて興奮せずにはいられない。もし彼女/彼が美しくなくなったら彼らはどうするのだろう、貢いでくれている人がいなくなったら、彼女/彼はどんな反応をするのだろうと考えると不気味な熱が湧き上がってくるのを抑えられない。今にも転落しそうな崖のそばで刹那的な美だとか快楽を貪る彼らを見ていると、まるでクリムトの絵を見ているようで感動を覚える。

 「ヒトラー最後の12日間」という映画がある。陰鬱と評されることが多い映画だが、私は決してそうは思わない。ソ連軍が東側から迫ってくるのを知っていながらベルリンの地下壕の中でナチス党員たちが毎晩パーティを催している様子は、ゾッとするほどに美しい。破壊されつくされている最中の町の下で踊るダンスほど白眉な娯楽はないだろうし、いずれソ連兵によって踏みにじられるだろうドレスほど綺麗なものはないと思う。

 私も、いつか死ぬことを悟った日があったならば、自分の持っている服の中で一番高価で綺麗な服を着て丁寧にメイクをして、死にたいと思うのである。