褻の日記

耽美っぽい文章を書きます

けものフレンズ構文とニュースピーク

 けものフレンズ、というアニメが流行っている。このアニメを有名にしたのは、このアニメの登場人物であるサーバルちゃんの「すごーい!」「たのしーい!」といった単純な語彙の数々である。インターネットの住人達は、「すごーい!君は○○の得意なフレンズなんだね!」とサーバルちゃんの名言に各々の単語を代入してはコミュニケーションし合う。いまやtwitterを開けばけものフレンズ構文が否応なしに目に飛び込んでくる。しかし、なぜこのようなサーバルちゃんのように極端に語彙を制限した構文がいまインターネットを席巻しているのだろうか。


 理由として第一にあげられるのは、何よりもその言葉の明快さだろう。「すごい」「たのしい」という言葉はただただポジティブな意味しか持たない。この言葉を使えば角の立つやりとりとなる可能性が排除される*1。明快であるがゆえに、本意は隠されやすく、インターネットといった表層的なつきあい*2において便利なことばとなる。けものフレンズ構文は「これを言っておけば間違いないだろう」という一種の便利グッズとしてネット上で使われるのではないだろうか。


 次にあげられる理由としては、けものフレンズの構文は思考を停止させる役割を持つということだ。けものフレンズ構文に使われる語彙は前述のように、少ない。代表的な「すごーい」「たのしーい」という言葉は、「すごーい」以上の意味も「たのしーい」以上の意味も持たない。単純なこれらの語彙は、その言葉を使って思考する我々の思考体系も単純化する。だから、けものフレンズ構文は楽なのだ。それを使えば、「すごい」以上のことも、「たのしい」以上のことも考えなくてすむ。語彙数の制限はすなわち我々の思考の範囲を狭めることを意味する。頭に浮かべる、声に出す語彙を減らすことで、我々の脳みそは楽をしようとしている。「すごい」「たのしい」、その言葉は単純で明快であるがゆえに私たちの思考を停止させてしまう。


 このとき念頭に浮かぶのはジョージ・オーウェルの作品『1984』に出てくる「ニュースピーク」の存在だ。ニュースピークは主人公の住むオセアニアという国において使われる言葉だ。この地域の大部分では元々英語が使われていた。しかし、全体主義的傾向を持つ党が英語を廃止し、「ニュースピーク」という新しい言語を作り出す。この言葉は、年々使われる語彙が減っていくことが特徴だ。党は、語彙を少なくすることで国民の思考を停止させ、国の方針に疑問を懐かせないようにすることを目的にニュースピークを作る。いわば、ニュースピークは言葉を使った隠れた思想管理だ。


 私は『1984』を読んだとき、なぜ人々がニュースピークに疑問を懐かないのか、ずっと不思議だった。言語は思考の根底だ。その言語が統制される、言語が強制される。このようなことは通常、人々にとって耐えがたいことなのではないかと思っていた。


 しかし、最近のけものフレンズ構文の流行を見ていると、もしかしたら語彙の制限というのは人間にとってそこまで苦痛なものなのではないのかもしれないと思い始めた。語彙を制限し、思考停止をするのは、はっきり言って楽だ。楽な方向に流されるのは、人間の性として仕方ないことだろう。何も考えずに生活できるならそれに越したことはない。


 こうして私はけものフレンズ構文の流行とは、我々自身が生み出した「ニュースピーク」の一種なのかもしれないなどと考えるのである。

*1:皮肉で使われた場合を除けば

*2:もちろん表層的でない深いつきあいもあるのかもしれないが