褻の日記

耽美っぽい文章を書きます

支配する恋愛

 恋愛の本質とはなんなのだろうか。性欲を綺麗に着飾らせると恋愛になるのだろうか。それとも、恋愛とは純粋に人を想う、美しいものなのだろうか。


 私は、恋愛は「支配欲」だと思う。セックスしたいだけならセフレを作ればいいし、ただ人を想うだけなら友達でいい。セフレでもなく友達でもなく恋人であるためには、私が考えるにある種の支配欲が介入する。

 たとえば、恋人の一挙一動を知りたいと思うこと。たとえば、恋人が他の異性と一緒にどこかに遊びに行くのを嫌だと思うこと。たとえば、恋人がそばからいなくなると癇癪を起しそうになること。

 どれも、友達にも、セフレにもしない行為だ。ここには、相手のすべてにのしかかっていたいという、もったりした重たい気持ちが存在している。恋人になったからには、みんな相手の行動に介入しなければ気が済まない。恋人の行動をコントロールしたいという欲望に多かれ少なかれ悩ませられるのではないだろうか。

 逆にいえば、恋人同士の喧嘩は相手が自分の思うとおりに動いてくれないから起こるものであるような気もする。

 もちろん「自分は全く恋人を束縛しません」という人だっているだろう。しかし、そんな人だって恋人の浮気を何も思わず眺められるだろうか。友達が「恋人がいるのに他の人と浮気してしまった」なんて話してきたら「仕方ないな」で済むだろう。しかし、自分の恋人だったら話は別だ。全く自分は束縛しないと澄ました顔をしている人間だって、恋人の浮気を知ったら動揺するだろう。

 それはなぜだろうか。やはり、心の奥で相手のことを自分の「モノ」だ、と考えているからだ。自分のコントロール下にあると思っていたから、自分を忖度してくれると思っていた人が思いもよらぬ行動をとったから、だから裏切られた気持ちがして怒り狂うのである。

 では、恋愛が「支配欲」であるならば、恋愛は唾棄すべきものなのであろうか。そうではないだろう。支配欲の何が悪いのだろうか。ペットにも、家族にも、友達に対しても誰もが程度の差こそあれ、支配欲と似た何かを感じているに違いない。恋愛という言葉にロマンチックな響きを少しでも感じる限り、私たちは恋愛になにか純粋なものを賭けてみてもいいのではないだろうか。