褻の日記

耽美っぽい文章を書きます

元JKカフェ店員が語るJKビジネス

高校時代、私は秋葉原でJKカフェの店員として働いていた。

 

某大人数アイドルグループのチェック柄の衣装を身に付け、ニーハイを履いて秋葉原の路上で道行く人に声をかけていたのである。秋葉原の駅からケンタッキーに向かう道のところに何人もの女の子が立って、通りすがる男の人に声をかけている様子を見たことはないだろうか。その女の子たちは、過去の私と同じ立場なのである。

 

JKビジネスにはいろいろな種類があるが、私はその中でもJKカフェの店員としてその当事者であった。

 

JKカフェとは、女子高生とおしゃべりをするサービスを提供するカフェである。

店内に入ると、狭苦しい中にいくつものテーブルが並べられ、そのテーブルをはさんで対面式で女の子と男性が話すことができる。隣に座ることは許されていない。なんでも、隣に座ると風営法にひっかかるんだそうだ。隣に座らなければ未成年の女の子とお話するサービスを提供しても合法である、というグレーゾーンをついた商売だ。

 

では、なぜ私はJKカフェなどを始めることとなったのか。高校時代、私はとにかくお金を欲していた。お小遣いが足りなかったわけではない。確かに、人より多いとは言い難い額であったが、実家暮らしの当時の筆者には十分な量だっただろう。

しかし、高校生の私はバンドの追っかけに精を出しており、お小遣いでは賄いきれなかったのである。同じバンドの追っかけをしていて仲がいいお姉さんはキャバクラをしていたし、同い年の仲間はJKリフレ(JKビジネスの一種。JKが男性にマッサージを提供する。いまは取り締まりでほとんど存在しないはずである)で働いていた。そういった周囲の友人が使う金額はかなり高額であり、それを見ているうちに自分もお金を稼ぎたいと思うようになったのだ。

しかし、普通のバイトをしていては、毎週決まった時間に家を出ることになってしまうし、拘束時間も長い。校則でバイトを禁止されており、両親になんとしてもバイトをバレるわけにはいかなかった私には、いわゆる「普通のバイト」が不可能だった。

それに加えて、私の特別に旺盛な好奇心はとにかく刺激を求めていた。みんながしたことがなさそうなバイトをしてみたい、そんな気持ちを抱えていたことも事実である。そうして辿りついたのが秋葉原にあるJKカフェだった。短時間でお金を稼げるに違いないという短絡的な思考と向こう見ずな冒険心からJKビジネスの世界に飛び込んだのである。

 

JKカフェでの仕事には、大変な面が多くあった。一番大変だったのは、給料が完全歩合制だったことである。時給制でないので、お客さんがつかなければ何時間勤務していても給料はゼロである。指名のお客さんが事前に予約を入れておいてくれなければ、道に立って秋葉原を道行く人に声をかけ、自分でお客さんを捕まえてくるしかない。誰もお店に来てくれなければ、何時間道に立っていても給料はなしである。しかし、指名さえあれば短時間で2万円ほどを稼ぐことも可能であった。また、指名ランキングも存在し、上位にはボーナスが支給されていた。

また、他にも大変だったものとして思い出に残っているのは週に一度のミーティングである。注意事項や目標などが共有される場所で一時間ほど続くのが恒例であった。そこには奇妙な決まりがいくつもあった。例えば、勤めている期間が長い女の子や売り上げが上位の女の子は椅子に座ることができるのだが、他の女の子は床にずっと正座しなければならなかった。椅子は限られているのだから、床に座らなければならない女の子は必然的に出てくるし、椅子に座る人選に不満もないのだが、なぜ正座でなくてはならないのかが私にはどうしても理解できなかった。ミーティング後には足がしびれて立てない女の子が続出し、なぜ体操座りではいけないのか、筆者は毎回首をひねる羽目となった。

そうしたちょっとした理不尽は店のルールとして数多く存在していた。

 

だが、客層は悪くなかったように思う。もちろん傷つけられるような言葉はあったが、耐えられないほどのひどい言葉や、性的な言葉を投げかけられたこともない。秋葉原という土地柄、オタクっぽい人が多いのかと思いきや、案外ノリのいい若いお兄さんがお客さんのことが多かった。とはいえ、女の子ごとにお客さんのカラーが違ったので、確かなことはいえない。しかし、「いかにも」なひとが多いわけではないことは事実である。

 

女の子は、黒髪ぱっつん前髪の女の子もいれば、茶髪のルーズソックスの似合うようなギャルもいた。どんな子が売れている、ということはなくてギャルも清楚も可愛ければ同様に売れていた。

だが、彼女たちの働く理由は様々だったようだ。基本的に、女の子同士が話すことは禁止されているのだが、少ない時間の中での話によるとみんな込み入った事情があったようである。私のようにバンドの追っかけでお金を使っている子もいれば、ミテコ(18歳未満で夜の店に通ったり働いたりする女の子のこと。法律違反なのでしてはいけない)としてホストに貢いでいる子もいた。家庭の事情で働いているような女の子もいて、当時高校3年生だった筆者がすでに18歳であることを知ると、「いいなあ、もうキャバクラで働ける歳だ」と羨まれたこともある。とにかく色んなタイプの女の子が集まっていた。

 

そんなJKカフェであるが、実は私がお店を辞めた少し後に公権力に一網打尽にされたらしい。それで、筆者の勤務していたお店もサービス内容は実質JKカフェでありながら、JKカフェの看板を表向きには降ろしたようである。しかし、この記事を書くために久しぶりにお店のホームページを見たら再びJKカフェと銘打って運営していた。

一時期は灰燼に帰した秋葉原のJKビジネスもまた復活してきているのかもしれない。

 

働いておいてなんだが、現在の筆者はJKビジネスには反対している。年端もいかない状態で、自分の性的な価値としての「女子高生」という属性を半分違法のような状態で売ることは間違っていたと今になって思う。

正直、善悪の判断がつくようになる前に、自分の力のみで獲得したわけではない若さやルックスのみですべてを評価される場所に身を置くことは不健全だろう。

 

当時18歳だった筆者はたびたびお客さんから「ババアじゃん!」と投げかけられた。もう大学生で秋葉原では「ババア」になってしまった筆者はその様子を気を揉みながら見守るばかりである。